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隊員の手記
『山岳警備隊員としての誇りと使命感』
岐阜県警察山岳警備隊飛驒方面隊小隊長 奥谷治朗
岐阜県警察の山岳隊員のほとんどは、交番や駐在所の警察官が兼務しています。中には交通課や警備課などの専務員もいます。
普段は、通常の警察業務に従事し、遭難事故が発生したら、山岳隊員として服を着替え、救助用具を持って、現場へ向かうことになります。
私は今から32~33年前、21歳の時に山岳隊員となりました。
6年ほど隊員として従事した後、異動により高山を離れ別所属へ異動しました。40歳で高山に戻ってきて山岳担当となり、40歳代後半に再び異動となりましたが、今年4月に再び高山警察署の山岳担当となって現在に至ります。
救助用具や方法は日進月歩でどんどん変化していき、高山の街並みもどんどん変化していくのですが、北アルプスの景色はほとんど変わることなく、戻ってくる度に、もしかして私を待っていてくれていたのではないか、と感じることがあります。
我々山岳警備隊は、今まで数多くの方に支えられてきました。警察組織だけではなく、多くの山岳関係者の方々に支えられています。
山小屋関係者、民間の救助隊である地元・北飛山岳救助隊、登山道維持協議会、岐阜県側北アルプス山麓の新穂高、中尾、栃尾地区をはじめ地元に暮らす方々などなど数え上げればキリがありません。
その中でも、敢えて名前を上げさせていただくのは、穂高岳山荘の前オーナー今田英雄氏と、同山荘の小屋番であられた宮田八郎氏が、現在の岐阜県警察山岳警備隊に対し、とても大きな影響を与えて下さった、と私は感じています。
惜しくもお二人とも既に他界されておられますが、北アルプスの怖さ、素晴らしさ、山岳警備に対する使命感、仕事の厳しさ、自然と対峙する強さ、山に対する考え方を含めた生き方というものに対するプライドなどなど、我々に対し背中を見せて示していただいた、という存在であります。
いろいろなものが時代とともに変化していく中、北アルプスの雄大な景色とともに、お二人に示していただいた北アルプスとともに歩む強い姿勢は、ずっと変わらないでいたいですし、地元の方々に支えられている使命感を常に心に持っていたいと思います。


