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竹鼻少林寺薩摩工事義歿者墓
竹鼻少林寺薩摩工事義歿者墓[たけはなしょうりんじさつまこうじぎぼつしゃのはか]
分類 | 史跡 |
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指定別 | 県 |
所在地 | 羽島市竹鼻町狐穴 |
所有者 | 少林寺 |
指定年月日 | 昭和32年3月25日 |
美濃三川治水工事の最大のものは、宝暦年間薩摩藩御手伝工事であった。工事は、宝暦4〜5年(1754〜1755)にかけて行われたが、美濃6郡141村、伊勢1郡35村、尾張1郡17村計193村に及ぶ大工事であった。工事延滞の引責により、自刃するもの、病気、怪我等のため死去する者等数十名に及んだ。少林寺には、薩摩藩士家山甚八紹珍の墓がある。同寺の過去帳によれば、家山甚八は普請所において病死したという。同寺本堂の北西隅に正方形の敷地を花崗岩で囲み、台石二段の上に五輪の墓碑がある。墓碑の表面中央に「家山紹珍信士」、右側に「宝暦四甲戌五月念四日」とある。